刻の守護者

はじまりを彩る恋のうた(1)

 人々の寝静まった夜半、UBP日本支部本社のオフィスは明々としていた。
 空を見渡せるかのように広いガラス窓の前で佇む一人の和装の男――――木津元三のもとへ、マグカップを二つ手にした直愛が、整列されたデスクを縫って近付く。
「さすが元三さんのお嬢さんですよ。ベテラン顔負けの活躍でした」
「そうですか」
 簡素に礼を言って、元三はカップを受けとる。
 直愛は彼の隣で、ガラス窓に背を預けて立つと、横目に夜空を見上げた。
 爪で引っ掻いたような白い三日月が闇に張り付いている。
 東の空は、白んできていた。
「それにしても……驚きました。UBPがどれほど危険な仕事か、誰よりも知っているはずの元三さんが……」
「大切な娘を組織に差し出した、と?」
「ええ」
「答えは簡単です。あまねは、そのような星の下に生まれているんですよ」
 元三は、カップに息を吹きかけ冷ましてから、口を付ける。
「――――なるほど」
 直愛は、それから天を仰いで長い溜息を吐くと、元三に向き直った。
「だからって、何の報告もなく、勝手に娘さんを送らないでくださいよ。本当にあの時は焦ったんですからね」
「ははは。常務にも怒られちゃいましたし。もう次からはしません」
「そーしてください」
 強く言い置いて、直愛も珈琲に口を付けた。
 と、元三のカップ口が欠けてることを思いだして、肩を竦めた。
「…………に、しても。もう少し、贅沢な暮らししたらどうです? お給金、俺より貰ってるでしょう」
「色々、諸経費が掛るんです」
 元三は欠けた部分を指先でなぞると、眉をハの字にした。
「あの腕輪も、家族に申告した額より高いですしね」
「ああ。三十っておっしゃってましたっけ? 確かに、あれほど性能の良いものだと……もう一桁くらい高そうですよね」
 あまねの手頸で輝くブレスレットを思い出す。
 最後の最後で粉々に砕け散ってしまって、直しようもなくなってしまったが、犬神を抑えられることといい、あまねの力を無効化できることといい、優れものには違いなかった。
 うんうん、と一人納得する直愛に、ズズッと珈琲をすすった元三は、にこやかに告げた。
「三桁ですよ」
「は?…………え?」
 初め、何を言われているのか分からなかった直愛は、それがブレスレットの値段を示しているのだと知って、口の端を引き攣らせた。
「会社経費で、ってお願いしてもなかなか許可が下りなくてねえ」
「ハ、ハハハ」
 そんなものを、全ての社員が経費で落としていたら、会社はすぐに倒産だ。
 元三は、グイ、とカップを傾けると中身を飲み干した。
 それから、直愛のもとへと歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「と、言う訳で。これからも、不肖の娘を宜しくお願いします」
「あ。こちらこそ……」
 差し出された手を、直愛が握れば、ぎゅうっと、握り返された。
「………………えーっ、と?」
 握手は、次第に力が込められ、暫く終わる気配はない……。
 夜は次第に薄まっていった。
 朝が潮のように闇を追い出し、星を飲み込む。やがて、月すら溶けて消えて、朝が訪れる――――