刻の守護者

思い出は、朝やけに滲んで(3)

 鵜飼いの家は、板戸から隙間風の吹き込む、酷い、荒ら屋だった。
 取り乱すあまねを鵜飼いに預けて、頼朝は彼の遺体を処理した。誰にも見つからぬように、細心の注意を払って。
「何から何まで済まないな」
「へえ。困った時は、お互い様ってんで」
 鵜飼いの振る舞った食事に、頼朝は深々と礼をすると箸を付けた。
 白湯とそう変わらない薄い粥でも、ありつけるだけで十二分に恵まれている。
「たんと飯喰って、ゆっくりお休みくだせえ。そちらのお嬢さんも」
 鵜飼いは奥の部屋を頼朝に貸し与えると、自身は土間に移った。
「あまね。食う気になれなくても、腹ン中に落とし込め。次、いつ飯にありつけるか分かんねぇからな」
 一瞬で、粥を掻き込んで頼朝が言う。
 が、あまねは碗に手を付けることができなかった。
 熱のせいではない。胸が詰まって、食事を取る気になれないのだ。
(義平さん、死じゃった)
 死んでしまった――――
「………………また、救えなかった」
「あまね」
「また。また、救えなかった」
 あまねは、ぎゅっとスカートの袖を握りしめる。その手の甲を、ポツリ、と涙が濡らした。
(知ってたのに……義平さんが死ぬって、私、知ってたのに!!)
 悔しさで、どうにかなってしまいそうだった。自分の無力さに打ちひしがれた。
「あまね。星読みなんて、気休めでしかねぇんだよ。人の生き死にが、人間ごときに分かってたまるか」
 頼朝は空になった碗を板敷に置くと、首を振った。
「気休めなんかじゃないの! 絶対なのよ!!」
 あまねは叫んだ。
 八つ当たりも甚だしい。
 自分の無力さへの苛立ちを、最も当ててはならない人に、当てている……自己嫌悪で、けれど、声は更に荒ぶった。
「『知ってた』のよ! それなのに私は救えなかった。朝長さんが亡くなるのも、義平さんが亡くなるのも知ってたのに!!……なによ、未来から来たって何の役にも立たない――――」
「未来……?」
「あ――――」
 頼朝が訝しげにするのに、あまねは言葉を飲んだ。
「未来、って……どういうことだ?」
 頼朝が問いを重ねる。
「お前――お前ら、何者だ? 外から来た、って、海を渡ってきたんじゃねーのか」
 あまねは気まずげに目線を落とした。
 その肩を、頼朝が掴み、揺すった。
「お前は星を読んだんじゃねーのか。知って、たのか。兄貴たちが死ぬのも、知って――――?」
「………………ごめん、なさい」
 あまねは、震える声を絞り出した。そうして、逆に頼朝の肩を掴んだ。爪が食い込むほど、強く、彼女は縋った。
「ごめんなさい! ごめんなさい!! 私、助けたくて。朝長さんも、義平さんも、お父さんも助けたくて。助けたくて、でも、全然、思い通りにいかなくて。全部全部後手に回っちゃって…………」
「親父も、死ぬのか」
 あまねは目を見開き、くしゃりと顔を歪める。
「……オレは?」
 あまねは黙った。
 頼朝は、自嘲を零す。
「オレは、死ねないんだな。お前がいた未来は、オレが生き残ることを……保障してるんだな」
 彼は、項垂れた。
「…………馬鹿野郎」
「ご、めん」
「馬鹿野郎!!」
「ごめん……っ」
 頼朝が怒るのも当たり前だった。
 何のために、あまねは同行したのか。
 未来を知っているからこそ、救える命があると思ってのことだったのだ。
(これじゃ、私、本当に足を引っ張っただけじゃない――――)
「お前、今みたいに独りでずっと耐えてたのか」
 けれど、頼朝はあまねの予想していたものとは全く違う言葉を口にした。
 あまねは涙で腫れた目で、頼朝を見上げた。
「つらかったろ。知ってんのに、どうしようもできねーなんて……」
 みるみる目を見開き、あまねは頼朝を見た。
「………………うん」
 そして、呆然とした様子で頷いた。
 唇から滑り落ちた肯定と供に、ボロリ、と右目から涙の粒が落ちる。
「うん――――――ッ」
 関を切ったように、溢れ出した涙が、寒さでかさかさになった頬を濡らした。
「そういうの、もう独りで抱えるな。オレに、話せ」
 あまねは、首を振る。過去の人物に、未来を語ることは御法度だ。
「…………言えねぇのか」
 あまねは、力なく首を縦に振った。
 頼朝は「くそっ」と、舌打ちした。それから。
「――――――なら」
 グイ、とあまねの左腕を引いた。
 そのまま、あまねの顔を、自分の胸板に押しつけると、強く、抱いた。
「こうしててやる。だから、泣きたくなったら、すぐにオレの元に来い。……何も、聞かねぇから」
 あまねは震える手をその背に回して、頷いた。何度も何度も、頷いた。