刻の守護者

交錯する、未来と過去(3)

 重盛の言を受けて、源氏一同は広間に集まった。
「やられたわね」
 ピリリと張り詰めた空気を破ったのは、義平だ。
「あんのクソ野郎……こっちが黙ってるのを良いことに、早々に裏切ってくれちゃってさ」
 親指の爪を噛んで、舌打ちする。
 その隣で静かに座っていた朝長は、落ち着き無く身体を揺する重盛に問うた。
「……取り囲んでいるのは、平氏か」
「ああ」
 頷いて、重盛は頭に指を突っ込むと、くしゃりと髪を潰した。
「俺は、信頼がやったて知っとるで、申し開きの場ァ作ろうとしたんやけど……親父殿が、話を聞かん」
 それから、上座に座す、義朝に膝を滑らせ近付くと、懇願した。
「まだ、平氏は頼朝だけ連行できればええて思ぅて、包囲は手薄や。頭殿。すぐに武装して、東国に逃げてはくれんか。あんたらが向こうにいる間に、俺が何とか信頼の阿呆の尻尾捕まえて、親父殿を説得する」
「何であなた、そんなに、あたしたちに協力的なわけ?」
 父親に代わり、口を開いたのは義平だった。
 彼は重盛と父の間に割って入ると、友人を見下ろした。
「ああ? そんなん、決まってるやろ。俺らは――――」
「信用できない、っつってんのよ」
「…………悪源太。本気で言うてんのか」
 義平の愛称を口にした重盛の目が、スッと鋭くなる。
 義平は片膝を突くと、覗き込むようにして睨め付けた。
「此処で逃げたら、それこそ罪を認めることになるじゃない」
「じゃあ、何か? のこのこ頼朝を差し出すんか? 親父殿は本気や。本気で、こいつを処分するつもりやぞ」
「まだ、呪具の返答は来てないもの。清盛殿だって、あれを見れば――――」
「あんなん、さっさと処分されおったわ!」
 どんっと重盛の拳が床を打つ。
「証拠やって、おのれらが差し出した髑髏……見もせずに、さっさと……。何の話も聞かへん。何でか分かるか。親父殿はなぁ、お前ら源氏を根こそぎぶち殺すつもりなんや!!」
 叫びに、場が凍り付く。
 義平はヒクリ、と唇を引き攣らせた。
「…………ど、うして」
「知らへんわ! 突然……突然、おかしゅうなったんよ。俺にだって、分からへん。分からへんのや。そないやなかったら、こんな――――」
「オレ、行くよ」
 重盛が義平の両肩を掴んだ時だった。頼朝が至極冷静な様子で、座を立った。
「頼朝!?」
 あまねは驚いて、隣の頼朝を見上げた。
 彼は決してあまねを見ようとはしなかった。
「何を言うんだ、頼朝。今の話を聞いていただろう? 行ったら殺されるのだぞ」
 朝長が、弟の腕を取る。頼朝は静かにその腕を離すと、重盛に向き直った。
「重盛。義平が言う通りだ。オレがもし逃げたら、それこそ罪を認めることになる」
 それから、父へ向かって言った。
「だから、オレはいく。だが、親父たちは東国に引いてくれ」
 朝長と義平が息を飲む。頼朝は続けた。
「オレは重盛を信じる。きっと、重盛はオレが無実だって証拠を見つけて、弁明してくれる。親父たちは許されて都に戻ってこられる」
「ふざけないで! それまで殺されないとでも思ってるの?!」
「死ぬのはオレだけで十分だ!!」
 ヒステリックな義平の声に、頼朝の叫びが重なった。義平ははっとした。
「頼朝……」
「オレがもっと慎重に、呪詛を探していれば……もっと早く、訴え出ていれば! ――これは、オレの短慮が招いた結果なんだよ!!」
 身を裂くような、自身への糾弾を、頼朝は肩を震わせて叫んだ。
 と、その左頬が音を立てた。
 朝長の平手が、頼朝を打ったのだ。
「……お前は、私たちを侮辱した」
 朝長は怒りと悲しみのないまぜになった低い声で、言った。
「皇室と祖を同じくする源氏が、親兄弟を見捨てて東国に下るような――卑怯者だとお前は思っているのか」
「ち、ちが……っ」
 頼朝が首を振る。
 朝長は弟を静かに見下ろした。頼朝は、言葉を飲んで、そろそろと項垂れた。
 幾度目かの沈黙が訪れる。
 それを破ったのは、父・義朝が立ち上がる、袴衣のこすれる音だった。
 彼は静かに頼朝に歩み寄った。
 ビクリ、と頼朝の肩が震える。父は、息子の側で膝を折り、その両手をそっと取った。
「わしらは、お前を見捨てぬよ」
 彼の、重い唇が言葉を紡いだ。
 それは、心に染みいる深い暖かみのある声だった。
 頼朝はハッとして父を見た。
 父は続けた。
「確かに、全ての源氏がお前のために戦うわけではないだろう。だが、ここにいる家族は違う。お前と供にある。……なあ、義平」
「そうよ。ガキのくせに、イッチョ前のこと言っちゃってさ」
 クスン、と鼻を鳴らしてから、義平は白い歯を見せて笑った。
「親父……」
 頼朝は目を見開いた。その瞳から、一筋の光が零れ落ちた。
「――――――と、言う訳だ、重盛。お帰り願おう」
 朝長が、スルリ、と刀を抜き放ち、その切っ先を重盛に突きつけた。
「それで……ええんか」
 重盛は、膝の上で拳を振るわせている。
 ……戦になれば、兵がいる。
 彼らの力になるであろう東国の武士を呼び集める時間を、平氏は決して与えないだろう。
 そして、京周辺に殆ど郎党を持たない彼らは、僅かな武力で抗うしかない。
「答えはもう述べた。これ以上、ここに留まるというのなら――――斬る」
 そこまで言われては、重盛は留まり続けることはできない。
 切っ先を指先で摘んで退けると、彼は立ち上がった。
 裾を直す。姿勢を正す。
 律儀に、源氏の棟梁に頭を下げると、踵を返した。
 その背に義平が声をかけた。
「…………待って」
 彼は、あまねに近付くと腕を取った。
「よ、義平さん?」
「ついでよ。戻るなら、この子も連れてって頂戴」
 言って、彼はあまねを重盛の方へと突き出す。
「義平さん!? な、何を」
「あい、分かった」
 重盛は頷くと、戸惑うあまねを、ひょい、と軽々抱きかかえた。
「い、嫌です! 私も――――――」
 足をじたばたさせても、重盛の太い腕はびくともしない。
 あまねは身を捩って叫んだ。
「頼朝! あたしがいないと、駄目じゃない。怨霊から守れなくなっちゃうよ!」
 頼朝は項垂れ、何も言わない。
「ねぇ、頼朝。ねえ!!」
 彼のきつく握った左右の拳が、震えているのが見えた。
 あまねは急に不安になった。何も言わないつもりだろうか。
「今まで、言えなかったんだけどさ」
 すると、ぼそり、と頼朝が口を開いた。
 あまねはホッとした。けれど、顔を上げた頼朝が告げた言葉に、息を飲む。
「お前、鬱陶しかったんだよ」
「―――――――――っ」
 最大限に、冷たい目付きの――振り、だった。
 偽りの言葉だと、あまねにはすぐに分かった。
 それだけ、二人は、短い間だったが、濃い時間を過ごしたのだ。
「そ、そんなこと…………そんなこと、思ってもないくせに!!」
「うるせぇ! お前、すっげぇ目障りなんだよ! 消えろ! オレの前から、さっさといなくなれ!!」
 あまねの叫びに、負けじと頼朝も罵倒を返す。
「さっさとどっか行っちまえ!!」
 ついに、彼は右腕のブレスレットを取ると、あまねに投げ付けた。
 あまねの目から、涙が溢れた。嗚咽で何も言えなくなる。
 重盛が、落ちた腕輪をしゃがんで取り上げた。
 彼の肩にしがみついて歯を食いしばったあまねは、頼朝から目を離さなかった。
 つぶらな、見慣れた、白い大きな獣。
 その茶色の瞳が、あまねを見返すことはついぞなかった。
「…………行くで。お嬢ーちゃん」
 重盛が、あまねを担ぎ直した。
 そうして、背中ごしに「……すまん」とポツリ、と呟いた。