刻の守護者

交錯する、未来と過去(1)

「これが、あの、頼朝ォ」
 いつものように、義平と碁を打ちに来ていた重盛は、挨拶に姿を見せた頼朝に、間の抜けた声を出した。
「何やねん、その耳と尻尾は」
「うっせーよ」
「おお、声はまんまや。頼朝や」
「だからオレは頼朝だっつってんだろーがッ」
 尻尾を逆立てて、頼朝が吠える。
 重盛は目を瞬かせて、胸に手を添えると、ぽそり、と言った。
「……なんや、この胸のときめき」
「はあ!?」
「めっちゃ、かわい」
「でしょ」と、碁盤から顔を上げずに、義平が頷く。
「かっ、かっ、かわ……っ!?」
「何やねん、そのもふもふっとした尻尾。耳、これ、頭に張り付いてるんか? ん? 触らしてーな」
「死ね!!」
 カッと顔を真っ赤にした頼朝は、怒りのままに碁盤を引っ繰り返すと、足を踏みならして立ち去った。
「あっか――――――ん! 今の、俺の勝ちやったンにィ。ああああ」
 ガッカリと肩を落とす重盛に、義平はそっぽを向きつつ、「よくやった」と拳を作る。
「頼朝! あんまり、遠くに行かないでね!」
 そう投げかけてから、あまねは、持って来ていた盆を板敷に置いた。
 白湯の揺れる湯飲みを、義平と重盛に差し出してから、二人を手伝って、床に広がった碁を拾った。
 会話が途切れ、数秒の間三人は、もくもくと作業をしていた。
 と、そろそろ終わりが見えた頃、重盛が押し殺した声で呟いた。
「ここだけの話や。……二条派がきな臭い。最近、お前ら、変わったことないか?」
「ぶはっ!」
 ちょうど、白湯に口をつけた義平が噴き出した。
「あ、あなた、それ、此処で言っちゃうの?」
「だから、ここだけの話、て、前置きしたやろが」
 気まずそうに言ってから、重盛は辺りを見渡し、声を潜めた。
「身辺には気をつけい。信西が死んでからこの方、信頼の阿呆、調子乗っとるで、反感買いまくりなんや」
 あまねはいまいち話の方向性が分からず、一生懸命、頼朝と直愛の説明を思い出す……。
 今、朝廷には後白河上皇と、その息子の二条天皇がある。
 二人は親子ながらに、政権を巡って対立していた。
 頼朝たち源氏は、信頼と親しい付合いがあり、この信頼は、後白河上皇派だ。
 そして、重盛たち平氏もまた、信頼と縁戚関係を持つ……武力は、後白河上皇に偏り、二条天皇陣営は、不利な状態だった。
(その二条天皇側の人間に、動きがある……?)
 重盛は、何を知っているのだろう。
 そして、義平に何を伝えようとしているのか。
「ご心配ありがと。でも、二条派には武力がないでしょ。気にしたって、そもそも――」
 言いかけた義平は、はた、とした。
「あなたたち、あっちに付く気?」
「阿呆ぬかせ。信頼とうちは縁戚関係やぞ。裏切ったりはせぇへん」
「でも、何だか晴れない顔してるじゃない」
「…………ま、な」
 重盛は、口元を覆うと視線を逸らし、苦々しげに唇を突き出す。
「親父殿が、な」
「清盛殿が、何……?」
「いや」
 訝しげにする義平の言及を、重盛は断ち切ると、「そういや」と、話題を変えた。
「呪詛の件はどないなった?」
「はっきりした証拠は、信西どののことでうやむやになっちゃったし……まだ、頼朝は何も言ってはいないわ。軽々しく言えることじゃない、って」
「助かるわ。おのれの勝手ぇやけど、あの阿呆が問題起こしたら、うちもただじゃ済まへんし。それに、先の戦に、信西殿まで死んで……やっと最近、落ち着きよったに。これ以上、いたずらに世を乱しても、しゃーないやろ」
 言って、重盛はぐい、と白湯を飲み干すと、「ごっつぉーさん」と盆の上に置き、立ち上がった。
「ま、俺らで止めるしかないわな。幸い、あちらさんには武力があらへん。源氏と平氏がこうしてくっついときゃ、問題なしや」
「…………そうね」
 義平は、何かを飲み込むようにして微笑んだ。
 あまねは、義平と共に重盛を送りに出る。
 重盛は、二人に手を振った後、門に隠れるようにして木に寄り掛かる頼朝に気付いた。
 見送りにきたのだろう。重盛が「またなあ」と明るく声をかけると、頼朝は、さっさと行けと言うように、片手を上げた。
「あーあ。やんなっちゃう。アイツらどうするつもりなのかしら」
 重盛の背が見えなくなると、義平は両手を突き上げ、うん、と伸びをした。
「あの感じ、二条側から平氏に話いってるわねえ」
「え……」
 あまねは目をぱちくりさせた。義平は肩を竦めた。
「あの感じは確かね。重盛はああは言ってたけど、平氏全体が――清盛殿はどうするのか。にしても、二条側は、平家が動くと思ったのかしら。それとも、それほどまでに反信頼の動きが高まってるのかしら?……ああ、面倒くさい。あの馬鹿信頼も悪いけど、公家なんてみんな、目くそ鼻くそだからね。反信頼の人間は、新参者のくせに朝廷に幅きかせてるのが気にくわないだけなのよ。信西殿の時もそうだったし」
 義平は、頭上で手を組むと天を見上げた。
 鳶だろうか、鳥の影が、すい、と青空を横切る。
「あーもーほんっとう面倒臭い! 公家どもお得意の駆け引きってやつ。ちゃちゃっと未来が見えたらなあ。そしたら、考えることなく最善の道を選べるのに」
 言って、義平はあまねを振り返った。
「ねえ、あまねってさ、星読みとかできないの?」
「ほ、星読み、ですか」
「そう。これから何が起こるか、星の動きを見て知るのよ」
「そんなことは」
 できない。そう告げようとしたあまねだったが。
「――――あ」と、息を飲んだ。義平が首を傾げる。
「ん? できちゃったりするの?」
「へっ? あ、いえ、まだ、修行の身で」
 あまねは見るからにそわそわし出すと、やがて、「すいません、用を思いだして」と頭を下げた。
 あまねに星は読めない。
 けれど、未来は知れる。何故なら、彼女は未来から来ており――直愛から貰った、あんちょこがあるのだ。
(私でも、役に立てるかもしれない!)
 あまねは小躍りしそうな様子で、自室へ向かってひた走った。


「何だ、アイツ。急に……」
 頼朝は、不思議そうにあまねの背を見遣ってから、義平に向き直った。
「っつーか、そういうのはアイツの師匠に聞けよ。その道じゃ、すげぇ有名らしーじゃん。ほら、この間、うちに来てた――――」
「土御門直愛?」
「そうそう、そいつ」
「もう聞いたわ」
「じゃあ、いいじゃねぇか」
「……よくないわよ」
 義平にしては、固い声音だった。頼朝が不審げに眉を寄せる。と、義平はおどけるように問うた。
「あいつ、あたしに何て言ったと思う?」
「…………何て?」
 頼朝の胸に、一抹の不安が飛来する。
 義平は、口元を歪めると、笑い顔で吐き捨てた。
「死ぬって。あと一年も生きられない、って言ったのよ」
 沈黙が落ちる。
 柔らかな冬の日差しに、忘れかけていた寒風が吹き抜ける。
 それは、段々と強さを増し、いつまでも、二人の袖を揺らしていた。