刻の守護者

再会(1)

 ――――友達ができて良かったわねぇ。
 それは、宴の最中の、何気ない、義平の一言。
 ……酔いに滑ったその台詞に、空気がピチリ、とひび割れたのを、あまねは見た。
『オレにだって、選ぶ権利がある!!』
 一拍の間の後、館を揺るがす大音声を放って、頼朝は出ていってしまった。宴はもちろん、お開きだ。
(…………あんなに怒らなくても良いのに)
 もちろん、彼があまねを必要以上に避け始めたのは言うまでもない。
 あまねの頼朝追跡劇は、宴の翌日、幕を切った。――そうして、あっと言う間に、十日が過ぎて、暦は一二月を迎えた。
「頼朝さーん! 今日こそ! 今日こそ、おしゃべりしましょう!!」
 無視を貫く頼朝を、あまねは辛抱強く追った。
(私が何かしでかして、嫌われるなら納得もいくけど……)
 彼が避けるのは、自分が何かをしたからではない。ただ、義平の言葉に意固地になって、無視を続けるのだ。――――と、あまねは前向きに考えることにした。
(それに)
 ――側に、いてあげて。
 義平の言葉が、鮮やかに耳に蘇る。
『狗を祓えない?』
 宴が終わり、面々が席を立った時、あまねは義平を捕まえた。
 そして、自分には、狗を祓う力はない、と、白状した。
 美味しい食事を振る舞われ、奇麗な女性の舞を見、義平の選んだ打ち掛けを貰い――彼らがこれほどまでに心を尽くして歓迎してくれたのは、一重に頼朝の犬を祓う力を、あまねに期待するからに違いなかった。だから、どうしても言わずにはいられなかった。祓えるのは自分ではなく、師匠筋の人間なのだと。そして、今、自分はその人とはぐれてしまった迷子なのだと。
 ……あまねは外に放られるのを覚悟で、言ったのだったが。
『いーわよお、そんなこと。――って、よくはないんだけど』
 義平の返答は、予想外の苦笑だった。
『ごめんね、ついうっかり余計なこと言っちゃって。でも、あんまりにも嬉しくてさ』
 嬉しい? あまねが首を傾げると、義平は目元を赤くして、微笑んだ。
『あの子があんな風に楽しそうに笑うところ、久々に見たの。……ありがとね』
 それから、彼は、弟が飛び出していった闇に視線をやると、言った。
『あの子ね、あんな見た目でしょ。だから、なかなか友達なんてできないの。あの子も、それを分かってるから、そもそも作ろうとしないし。だけど、それよりも』
 彼は寂しげに顔を曇らせると、語った。
 ――嫌われる恐怖よりも、いつも怨霊につけ狙われる頼朝は、近しい者を傷つけることを恐れている、と。
『あたしも幼かったから詳しくは知らないんだけど……あの子のお母上はね、怨霊に襲われて、亡くなったとも言われてる。あの子は、それを知ってから、ずっと一人だった。あたしたち兄弟すら、近づけなかった』
 過去に思いを馳せる、義平の陰る眼差し……あまねは回想を終えると、前方を行く頼朝をキッと睨め付けた。
「頼朝さん! 待ってください!!」
 義平は、避ける弟を、やはりこうして探して回ったのだろうか。
 そうして、避け続けられ……そんな、切なさが滲んだ瞳の色だと思った。
 あまねは何だか、腹が立った。
 自分が無視されることも頭にきていたが、何処か弟の生意気さに重なるものを感じ……いな、それよりも、義平や家族の優しさにあぐらをかき続ける彼の態度が、友人ができないことを両親のせいにしていた自身の姿と重なって、穏やかでいられなかった。
「頼朝さん! 選ぶ権利があるって言うなら、まず、私を審査してください。何の根拠もなく無視されるなんて、あんまりです!!」
 頼朝は獣道を進む。
 あまねは、枝や葉の先で、腕や足を擦り剥きながら追い掛ける。
「聞こえてるんでしょう!? その耳は飾――――――きゃあっ」
 と、その時。あまねは、木の根っこに躓き、盛大に転げた。
 痛みに地に蹲りそうになるも、グッと耐えて頼朝を目で追う。が、彼の姿はすでにかき消えた後。
「ああ、もう。頼朝さん! 待っ――――」
「動くな。血ぃ出てんぞ」
 立ち上がろうとしたあまねは、前のめりに倒れた。
 いつの間に背後に回ったのか、頼朝の前足が、羽織っていた打掛けの裾を踏み押さえていた。
 振り返って、あまねは信じられないものを見たように目を丸くした。
「ったく。気になって散歩になんねぇ」
 彼は、不機嫌そうにそう言うと、意地悪く口元を歪めた。
「鬱陶しいんだよ、お前。義平に金でも貰ったか?」
「お金……ですか?」
 どうしてここで金銭が関わってくるのだろう。
 あまねが首を傾げれば、頼朝は、「チッ」と舌打ちしてから黙り込む。
 暫しの沈黙の後、彼は無言で身体を屈めると、首を大きく伸ばした。
「……オラ。さっさと乗れ」
「へ? ど、どうして――」
「怪我してんじゃねーか」
「これは私が勝手にやったことなので」
「ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさと乗れ。申し訳ねーと思うんなら、怪我すんな」
「…………はい」
 最もなことを言われてしまった……あまねは、鼻先で急かされて、いそいそと背にまたがった。頼朝はさっさと歩き始める。
 あまねは、草の香りのする、柔らかな毛にしがみついた。
 じんわりと手の平を通って、温かさが伝わってきた。
「こそこそ追うのは、もうやめろ」
「…………はい」
 出し抜けに頼朝が言う。
 あまねはしゅんとして頷いた。確かに、色々と思うことはあるが、今回のように再び迷惑をかけるのは本意ではない。
「出かける時は呼びに行く。いつでも行けるよう準備はしておけ」
「え……」
「ちっと物足りないが、根性は及第点だ。――喜べ。オレ様のオトモダチを名乗ることを、許す」
 あまねが目を瞬くと、頼朝は低く鼻を鳴らした。
「っつーか…………後ろにいるより、隣にいた方が遙かにましだと気付いたんだよ」
 頼朝が吐き捨てる。
 あまねは……へへ、と相好を崩さずにはいられなかった。