舞々花伝

「裏切らない」(4)

 しばらく走ると、先を行っていたたづさんが突然立ち止まった。
「うそ……何で」
 呆然とする彼女の視線の先を見て、僕は息を飲んだ。しいちゃんの命糸が……ぷつり、と途切れていたのだ。
「命糸が切れてるね」
「それって、帰れないってことですか!?」
 何の感慨もなく事実を述べた元雅くんに、僕は絶望の悲鳴をあげる。
 僕らはしいちゃんの精神と身体を繋ぐ、命糸を辿ってやってきた。途中で黒翁に隠されてしまったけれど、元雅くんの仕掛けていた霊糸に頼ることで乗り越えた。けれど、その霊糸は元雅くんから、しいちゃんの身体に繋がるもの。元重さんの待つ此岸、しいちゃんの精神と繋がるものは、命糸だけだ。
 その命糸が切れた。彼女の命糸は僕らの命綱でもあったのに。
 ……もう、戻れない。
 一体、何故。どうして。刻限切れなのか、それとも――脳裏をかすめる穏やかな面差し。浮かび上がる恐ろしい疑問。
 僕は呆然とふわふわと浮く紅の糸の先っぽを見つめて、慌てて首を振ると疑いを打ち消した。違う。元重さんは裏切ったりしない!
「ど、どうしたら……」
 足元の闇は鳴動を続けている。崩れ去るまでもう時間はないように思われた。
 元雅くんは黙っている。
 たづさんも、黙っている。猿彦が何か言った様子もない。
 このまま、時空の狭間に取り残されてしまうのだろうか。先ほどまで屠ってきた死霊たちを思い出して僕はぎくりとする。
 生殺しは絶対に嫌だ。でも、方法がない。
 身体中から熱が足下に吸い込まれていくような、咽がからからに渇いたような恐怖に飲み込まれる。
 どうすればいい!?
 ――――と、
「い、た……いたたたたた」
 突然、たづさんが項を押え座り込んだ。
「たづさん? どうしたんですか? 怪我でも――」
「わ、わかんない。突然、首の後ろが痛くなって――ッ!? 何? 猿彦。何て――――?」
 憑依をしていないから僕には聞こえないけれど、猿彦が何か言っているらしい。
 膝に額を押しつけ内の声に耳を傾けていたたづさんは、やがてバッと勢いよく顔を上げた。
「うん。聞こえる」
「え?」
「――元重さん? 元重さんが、呼んでるのね。そうでしょう、猿彦?」
 戸惑う僕の腕を、元雅くんがきつく掴んだ。
「敦盛。吹いて」
「え? え?」
「猿彦は、重兄の気息と繋がってるんだよ」
「そうか」
 此岸へと繋がるもの……たった一つだけあるじゃないか。
 顔がない猿彦は魂の維持に必要な呼吸すらできない。だから彼は特殊な呪で、元重さんの呼吸を共有している。
「敦盛、再び参ります!」
 たづさんの項から伸びる気配に、意識を集中させて、僕は指笛を吹く。
 ガラガラと場が崩れていく。足下がぴしり、とひび割れる。
 そんな中、ばっと宙に穴が穿たれた。
「開いたッ! 飛び込むわよ!!」
 僕らは此岸へと続く最期の空間を駆けた――