舞々花伝

黒翁襲来(2)

 あらかた除霊が済んだ頃、たづさんが庫裏の奥から僕らを呼んだ。
〔あー……アチィ〕
 中庭に面する縁側に腰掛けた猿彦は、そのまま身体を倒した。僕もその隣に腰を下ろす。
〔面がむれるー〕
「突然暑くなったもんね」
「おサル!」
 と、しいちゃんと一緒に甘瓜を持って来たたづさんが手拭いを投げて寄越した。
「冷たくて気持ちいーいわよ。井戸水に浸してきたから」
 それを軽く手を上げ受け取った猿彦は、しばらくたづさんを伺っていたが、思い切ったように面を外した。手拭いで目鼻立ちのない真っ平らな顔を拭う。
 ……大した用でもないのに、彼が人前で猿面を外すなんて今まででは考えられないことだった。
 僕は改めて空を見上げる。今のところ雨になりそうな気配はない。
「あら? 元能くん、元気ないわね。それとも甘瓜、嫌い?」
 切り分けられた甘瓜を手にしたまま、俯くしいちゃんにたづさんが首を傾げる。
「……ううん、好き」
 言って、しゃくり、と瓜に口をつけたしいちゃんは、けれど、どことなく雰囲気が暗い。
 今朝、渡り廊下ですれ違った時も妙に気落ちしていた。やはり、昨日の話の中で気にかかることでもあったのかもしれない。
「猿彦。あなた、まーた妹苛めるようなこと言ったんでしょ」
〔言ってねーよ! 何で、全部俺が悪いことになんだよ!?〕
 抗議のヤスケを高々と掲げ、ぎゃいぎゃいと猿彦がたづさんが賑やかにしていると、
「……見苦しいもの見せないでよ。それともなに? 身体はって涼しくしてくれようとしてるわけ。わあ、凄い自虐」
〔あ?〕
 中庭に姿を見せた元雅くんが猿彦の顔を見ると、思い切り顔を顰めた。
 今日は稽古もないらしく、朝からしいちゃんと一緒にお寺の手伝いをしていたんだけど。
「少しは恥じらえよ、こののっぺらぼう。しいちゃんの情操教育に悪影響だ」
〔……回りくどいこと言ってねーでよ。言いたいことあるなら、はっきりと言えや〕
「目障り。消えろ。どっか行け。死んじゃえ」
 本日……数えるのも面倒臭い何度目かの衝突。
「や、やめなよ。二人とも……!」
 とりあえず、間に入るも、僕のことなど二人は完全に無視だ。
〔お前、その単語力で能書きなんぞしてるのか? はああ、先が思いやられるな――〕
 ふっと髪をかき上げて、兄の余裕を見せつけるように、猿彦がやれやれと肩を竦めれば、その彼の脛を元雅くんが蹴った。
 二度、三度、四度……
〔……てめぇ。こん、の……野郎ッ!〕
 素早く身構える元雅くんに、猿彦は庭へと降り立ちヤスケを振り上げる。
 しいちゃんがおろおろと二人の兄を見比べた。
「あなたたちねぇ……」
 たづさんが見かねて大仰に溜息を吐いた。草鞋を引っかけて立ち上がる。
「いい加減にしなさいよ――――」
 彼女は声を張って叱責した。かと思うと、その言葉の途中で、ぐらりと彼女の身体が傾いだ。
「え? た、たづさん? たづさん!!」
 そしてそのまま、彼女は音をたてて、後ろに倒れた。