アラベスクに問え!

テスト×テスト×テスト(7)

 寮のロビーに集まった生徒の様子は様々だった。
 会心の出来に頬を上気させる者、胸から下げたクロスに祈りを捧げる者、うち沈んだ者、肩で息をして染めたばかりの糸を片手に飛び込んで来る者もあった。
 その中でも、いつもと変らない高飛車な様子で、テーブルに腰かけ、声高々に話すのはミシェル・ニールだ。
「課題の一問は引っかけなんだよ。最後の狂った貴婦人(ルなティックレディ)って精霊はね、出現頻度SSランク――チョーがつくレア精霊なんだ。しかも危険度不明、採色難易度不明の怪物(モンスター)系上級精霊。もちろん、ぼくらのような初級者には扱えない」
 言って、彼は取り巻きを一瞥すると、鼻を鳴らした。
「ああ、知らなくたって恥じる必要はないよ! この精霊は授業で教えてくれるようなものじゃない。教科書にも載ってなければ、資料集にも載ってないんだから。まぁ、ぼくは?
ニール家に伝わる特別な書物を読んでるから、もちろん知ってるけど。――あ、でも、一昨日出たばかりの論文集には出現報告がされてたかもね。まぁ、まだ図書館には入ってないから、知ってる人は少ないと思うよ。それに知ってたって、出会える確率なんてほっとんどないし、ぼくは、その論文にも目は通したけど、結局採色方法は謎のまんまで……」
 早口に捲し立てるミシェルの言葉は、無条件に一人黙って座っていたアルバートの耳に届く。
(そー言うことかよ)
 アルバートは低く笑った。
 最初から解こうとした自分の無知さを思い知る。
「お待たせー。さ、課題の糸、集めるよー」
 その時、ずらりとスタッフを引き連れて、ゼロがやって来た。
 アルバートは、ハッとした。
「あ……糸、回収されるんだっけか」
 リュックから糸玉を取り出したアルバートは、じっとそれを見下ろした。
 たった半年しか保たない糸でも、この色に触れていたいと思った。
 けれど〈精霊の糸〉は特殊な糸だ。
 機織りに手渡さねば、半年で消えてしまうとは言っても、アラベスクを織り出す事のできるそれを、悪用する者もいると言う。理由なく、一般人に与えられるものではない。
 一人一人を回ってスタッフが糸を回収する。
 アルバートは、それを断って真っ直ぐゼロの元に向かい、問うた。
「提出した糸ってどうなるんですか」
「染めの完成している糸は、点数付けたら、受験者に返却するよ。テスト記念さ。売るなり思い出にするなり、好きにしたら良い」
「それ聞いて安心しました」
 ほっと溜息を吐くと、アルバートはリュックから糸玉を取り出し、ゼロに手渡した。
 ゼロの目がスッと細まった。
「君、これ……」
「すいません」
 課題とは全く無関係な色を染めたのだ。訝しがられても仕方がない。
 アルバートは気まずげに目線を落とすと、ぼそぼそと言い訳を述べた。
「課題の色は採れなくて。でも、たまたま見つけて気に入った色があって、でも手持ちの糸が他に無かったしで、受験用の糸、使っちゃって……だから後で、この糸、どうしても返してもらいたいんです」
「もちろん返すけど」
 顔を上げたアルバートに、ゼロはじっと視線を据えると押し黙った。
「気に入った、ね……」
 やがて、たっぷりとした沈黙の後、彼はふっと小さく苦笑を漏らすと、手近にいたスタッフにその糸玉を渡した。
 アルバートは一礼して、くるりと踵を返した。
 リュックを背負い直すと、グッと顔を上げて前を向く。
「帰ろう」と内心で呟いた言葉は、咽を焼く鋭い熱を帯びていた。
 村に戻った自分は、他の同年代の友人たちと同じように農業に精を出し、母を支えて生きるだろう。
 年頃になったら結婚して、村で子供を育てて……
(悪くない。まぁ、相手にしてくれる女がいたらだけど)
 それは、一般的な未来だった。誰からも馬鹿にされない、批難されない未来。
 アルバートは思い描いたそれと共に、無理矢理、情けなさと悔しさを飲み下した。
 ロビーを後にし、部屋に戻った彼はさっさと帰り支度をした。
 本当は今すぐ帰ってしまいたかった。二段ベッドの裏側を睨め付けて、思いとどまれたのは、ちっぽけながらも、逃げ帰ることをプライドが許さなかったからだった。
 自分よりも優れた者を、最後にこの目に焼き付けて帰るくらいには、強くありたかった。
 アルバートはきつく目を閉じた。
 なかなか寝付けなかった。村に帰った後の自分を何度も何度も思った。
 少し残念そうにはするものの、母はいつも通り迎えてくれるに違いない。
 その隣で、叔父は「ほ~らね。言った通りになったじゃないの」と呆れ声を漏らすだろう。アルバートは自室に入って、荷物を置く。部屋中にある、染めの道具が、物言わず、彼を見つめ返してくる……
(村に戻って、俺はまた――染色をするだろうか?)
 問いが、胸を軋ませる。
 昨晩の〈白〉と出会った時を思う。
 胸をときめかせる、色との出会い。
 そんな事が再び起こったら。
(……それでも、俺は)
 ――――染めないでいられるだろうか?