アラベスクに問え!

自称天才染め士、アルバート・グレイの出立(7)

「そろそろ家に入りましょうか」
 姉の言葉に、アルバートの母は頷いた。
 思い出した寒さにブルリと震えると、姉が自分の羽織っていた上着を譲ってくれる。
「……私ね、あなたが大切なのよ」
 踵を返した時、隣を歩く姉がクスンと鼻を鳴らした。
「ええ、知ってるわ」
 姉は目線を落としたまま、スカートの裾をぎゅっと握りしめ、続ける。
「あの子だって大切な甥っ子なんだもの。だから苦労して欲しくなくて」
「あら。でも、お姉ちゃんは自分を貫いているじゃないの」
 妹が噴き出すと、姉は目をぱちくりさせた。
 それから肩を竦めて苦笑を零す。
「そうね。そうだったわね」
 肩を寄せて歩き出した二人は、どちらともなく村の外を振り返った。
 もう旅立った少年の背は見えない。
「お姉ちゃん。私ね」
 アルバートの母は、ぼんやりと闇を見つめながら口を開いた。榛色の髪が風に遊ぶ。
「私ね、どこかで、あの子に後ろめたさを感じてたの。母一人、子一人。そのせいで、たくさん遠慮もさせたし、辛い思いを強いたから。それが」
 彼女は一度、足元に目を落としてから、再び顔を上げた。
 背筋を伸ばし、張りのある明るい瞳で前を真っ直ぐ見つめる。
「今は、心がとっても軽いの。あの子が頑張る。私も頑張る。やることは今までと同じなのに、どうしてかしら。全然違う。何故だか、とても嬉しくて。――――――嬉しくて」
 はきはきとした明るい声が、不意に上ずった。
 姉はそっとその華奢な肩を抱き寄せた。
 妹はその逞しい胸板にしがみつくと、肩を震わせた。
「…………静かに、なるわね」
 姉の呟きに、妹は無言で頷いた。

( 一、打ち破る赤の章 了 )